1985年のつくば科学博に設置された“ ゆるぎ石”。
その重さは50トン。
この石をどうしたら動かせるか。
「重さ50トンのコンクリート石の微妙な揺れに合わせてちょっと力を加えると、石は揺れます」。
「鍼灸も独立した力なのではなく、人体の自然治癒力、周囲の自然など諸々のかかわりの中で生体が治癒していく反応を導いているのです」。〈参考文献『鍼灸の挑戦』 著者:松田博公 発行所:岩波新書 2005年1月20日 第一版発行〉 |
このような時、科学ではどう考えるか。
イギリスの医学者は「垂直的思考法」「水平的思考法」という考えを発表しており、上記のような問題解決には論理の積み重ねから体系化して推論するというオーソドックスな方法(垂直的思考法)と、奇想天外な型破りな閃きや創造(水平的思考法)があると述べています。
つまり新しい着想や発見は「垂直的思考法」から生まれないことが分かります。
ですから、あなたが西洋医学で治らず、東洋医学で治って素直にその価値を認めても、西洋医からすれば「素人は暗示にかかっても信用する」「何が本当で何が嘘だか見わけもつかない」という考えのもと、その結果は当てにならないと考えるのです。
このような「垂直的思考」のままだと重さ50トンのコンクリート石を動かすためには「壊す」「崩す」といった方法を選択するしかありません。
しかし実際には、支配的なアイデアからの脱却、垂直的思考から離れる、いろいろな見方を探し求める、偶然を利用するといった東洋的な水平的思考が重さ50トンのコンクリート石を軽く押しただけで微妙に揺れることに気づくのです。
鍼灸という方法があなたに何をしているか。
それは垂直的思考法により病気と闘うのではなく、水平的思考法により人体の自然治癒力、周囲の自然など諸々のかかわりの中で生体が治癒していく反応を導いているのです。
それは決して落語の「藪医者」に出てくる葛根湯医者のような方法ではなく、人間の「身体」と「心」、「部分」と「全体」を読み解き、微細な力で「全体性」を求めるということになります。
では具体的に何をおこなっているのか。
私は病気を「疾患」と「病」に分類して、現象と本質に「標治法」と「本治法」という方法をおこないます。
※標治法とは現象に対するもので肩こりの際は患部に施術し、本治法は肩こりの原因に対して腹や背中などの本幹に施術をおこなうことです。
けれども大抵、病気の本質は「正気の虚(自然環境に適応する力が低くなっている様子)」ですから、30分や60分の施術で解決することは不可能です。
あくまでも日頃の運動、睡眠、栄養が最低条件であって、その条件が一定量あるからこそ小さな刺激であっても鍼灸の効果は出るのです。
つまり鍼灸を受けて効果があったという方は生気が一定量あるため治癒力を有しており、効果が一時的であった、効果が無かったという方は生気の不足であることが考えられます。
一方で治療後の気だるさや体調不良はなぜ起こるのか。
そのことは後日改めて紹介させていただきます。
さて、本題の「鍼灸の理論と考え方」についてですが、鍼灸の機序を紹介するのではなく体で何が起きているのかを説明しますね。
病気とは恒常性(生体の内部や外部の環境因子の変化にかかわらず生体の状態が一定に保たれるという性質)に負荷がかかり、正常から逸脱した状態であり、その逸脱した恒常性が正常に戻る課程を助けることを治療といいます。
恒常性は、内外の作用(例:加齢や感染症)を受けて、脆弱化したり、歪みます。
そして一定以上の歪みをきたした状態を病気と呼ぶのです。
この機能には、正常な状態に戻ろうとする性質(自然治癒力)がありますが、歪みが一定限度をこえると、自然治癒力のみでは元に戻らなくなります。
それによって異常をきたすことで、全身の臓器、組織、細胞のみならず、炎症反応や免疫能などの他のシステムに影響がでて、長期間持続すると不可逆性の異常を生じるのです。
鍼灸はこの不可逆性の異常に適応するのではなく、恒常性の歪みを是正するために自然治癒の課程を助けます。
私は約20年間、鍼灸というものに携わってきましたが、鍼灸だけで本質を変えるということは難しく、鍼灸と漢方は両輪であるべきだと思うのです。
ですが、鍼灸と漢方はあくまでも方法であり「栄養・睡眠・運動」が必要不可欠です。
全ては先天の精である遺伝子(数世代以前の血縁者からもらったエネルギー)、後天の精(出生後の飲食や空気とする)が深く関係します。
あなたの全体性はどの程度で変化が生じるでしょうか。
鍼灸や漢方による小さな力で変化できますか?
それとも鎮痛剤や抗炎症剤がないと変化しませんか?
人類はいまだ、老いや病を克服したことは一度もなく、不老や無病も無理なことです。
だからこそ完璧な健康や老いない体を求めて消耗するのではなく、病気や衰えに対して乗り越える方法を意識しなければならないのです。
ぜひ一度、自分の生き方と向き合ってください。