行徳駅徒歩1分!市川・浦安で鍼灸をお探しならカラダノミカタへ

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院詳細

院名 はり温灸治療院 カラダノミカタ
代表 那須 登士樹
住所 〒272-0133
千葉県市川市行徳駅前1-27-20 堀徳ビル301
交通 交通東京メトロ東西線 行徳駅から徒歩1分
電話番号 047-711-0169
営業時間 10:00~20:00
定休日 日祝日

 

アクセス

 

ごあいさつ

院長はじめまして。
治療を担当させて頂く鍼灸師 那須登士樹(ナストシキ)です。
当院では、はりと一摘みのモグサで、肩こり、腰痛、自律神経やうつの悩み、婦人科の悩みなどを専門的に治療させて頂いています。
これまで、数千人の方の治療を担当してきましたが、つねに大切にしていることは「手を添える」ということ。
それは、1人ひとりの人生の中で生じた痛みや悩みを否定することなく、ありのままを受け取りながら治療をおこなうということ。
はり温灸治療院カラダノミカタは、中医学を使って、皆さんの辛い症状を優しく改善します。

経歴

学校法人 川口学園
早稲田速記医療福祉専門学校 介護福祉科卒
早稲田速記医療福祉専門学校 鍼灸医療科卒
学校法人 後藤学園
東京衛生学園 臨床教育専攻科卒
日本董師針灸学会 事務局長
全日本鍼灸マッサージ師会 会員
千葉県鍼灸マッサージ師会 会員
浦安市川鍼灸マッサージ師会 会員

資格

介護福祉士 免許
はり師 免許
きゅう師 免許
鍼灸マッサージ師教育機関教員免許

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仕事をしようと思ったきっかけ

私は地元 市川市の出身です。 江戸川が流れる緑豊かな町で生まれ育ちました。
幼いころの家族構成は、祖母、両親と双子の兄の6人家族。
ちょうど6歳の頃に大好きだった祖母が大腸癌になり入院することに。
そのことで生活が大きく変わったことを覚えています。
祖母が入院と退院を繰り返す生活が続き、幼稚園の帰りに病院へお見舞いに行っていたのですが、その頃はすでに薬の影響なのか痴呆が進み始めていて、手の施しようも無い状態だったため自宅で介護する生活が始まりました。
布団に寝たきりの祖母と、介護による疲れがたまる母。2人の顔を見ては、良い子にしていないといけないと考えていました。
そして、何も出来ないことが何だか歯がゆく感じていました。
そんな時、鍼灸院の先生が往診しにいらしてくれたことで、祖母の体調が嘘のように良くなっていくのを目にしたのです。
はじめは鍼に対する恐怖心しかなかった私ですが、その風景を見たことがこの道へ進むきっかけであり鍼灸との出逢いでした。

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高校卒業後は、母方の祖父母を自分が守るんだという想いから介護福祉の学校へ入学しました。
2年間の教育では専門的な知識を学び、10週間の現場実習では、食事・入浴・排泄などの身体介護を学ぶのですが、卒業前の授業で見た終末医療のビデオが人生を変えるきっかけに。
終末医療とは延命を目的とするのではなく、身体的苦痛や精神的苦痛を軽減することを目的とする医療です。これまでの現場実習で「生き方」について考え続けていたのですが、ずっと心にモヤモヤしているものが。
それは、「生きている」と「生かされている」は違うのではないかという事。幼い頃、風邪をひくと祖母にお灸をしてもらい、祖母に抱かれながら腕の中で寝ると翌朝には症状が落ち着いた記憶。薬で症状が落ち着いて肉体的に楽になっても、祖母の腕の中で安心できたということが大きかったのではないか。それによる精神的苦痛が取り除かれない限り人は苦しみ続ける。だとしたら、人の人生に色を添えたい。痛みや苦しみを取り除いてあげたい。「生きることを支えたい」。幼いころに見たあの風景がふと思い出された時、自分の役割を決意したのでした。そして、介護を受ける人、介護をする人の過労や悩みをサポートし続けることで、介護福祉士としても関り続けようと思ったのです。
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鍼灸を学び始めて

鍼や灸をおこなうには基本的な知識が必要です。
そのため、3年間の授業では生理解剖学や病理学をしっかりと学ばなければなりません。そして基本的な技術も習得しなければならないのです。
しかし、国から定められた養成施設とはいえ、卒業してからこの技術が使えるかというとそうとは限りません。
そんな中、人生を変える出逢いが。
それは、恩師である清朝宮廷太医家元十代目 王醫仙老師との出逢いでした。6歳より道教医学の道に入り、少年時代より多数の中医学の第一人者より中医学を学ぶ老師は、故中国針灸第一人者 董景昌博士(蒋介石の主侍医)より「董師奇穴の針灸療法」を直伝されました。

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入学してすぐに鍼治療をお願いしたのですが、日本の細くて柔らかい鍼とはことなり、老師がもつ針は太く凛としたものでした。
柔術で痛めてしまった首の痛みを伝えると、手に1本だけ針を刺されたのですが、その時の衝撃は今でも忘れることができません。
手に刺した瞬間に首が熱くなり、首の痛みが取れてしまったのです。
このような不思議な体験をした私は、すぐさま老師が主宰する董師針灸学会に参加する決意をしました。
そして、3年間は週に1度治療を見学しながら学会に参加し、卒業後は師の治療院のそばに越して、教員課程を学びながら朝から晩まで学び続けました。
この時間はかけがえのないものであり、家元に脈々と受け継がれる技術や知識を学べたことは、いまの私の真理になっています。また、年に一度の台湾研修では、胡老師から直接手ほどきいただき、董師針灸を学ばせていただいています。これまでの10年に渡る治療院での経験や学び、それらを積み重ねていまに至りますが、これまでに出逢いをいただいた方々には心から感謝しています。
患者様から「 お陰で、辛かった痛みがウソのように無くなったよ 」「 先生にお願いすれば安心だから 」「子供ができました」という言葉や手紙を見るたびに自分の進んできた道に間違いはなかったと誇りがもてます。
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治療院の考え

人は痛みや苦しみがあると表情が曇ってしまいます。
だからこそ、家事や仕事を一生懸命取り組んでいる人がこの場所で笑顔になてくれたら。
この場所が誰にとっても安心して身体を休められる場所であって欲しいと願を込め、誰かのミカタでありたいという想いからカラダノミカタという屋号にしました。

 

プロの治療家・ドクターからも推薦のお声を頂いております!

 

日本董氏針灸学会 王醫塾 主宰
醫道家 王醫仙 老師

王先生初代目 故王鶚氏は清朝時代、乾隆皇帝(1711~1799)の主侍医
八代目 故祖父 王清溪氏は台湾中医師学会を創設
十代目 王醫仙

那須先生は私の生徒として、東京川口学園を経て、現在も私が主宰を務める王醫塾(東京 自由が丘)で助教をお願しております。
彼は昔から常に針灸に対して情熱を傾ける生徒でありました。ここで彼の誠実な人柄がわかるエピソードを紹介しましょう。
それは、王醫塾の学生が国家試験を目前にしたとき、彼は一人で湯島天神まで合格祈願に行ったのです。
そして、学生一人一人にお守りを手渡したのです。
この時、私は彼の人に対する思いやりの深さにとても感動しました。
こんな彼の治療は、多くの病に苦しむ人々の助けとなり、重い症状で仕事もできなくなっていた患者を社会復帰へと導いております。
彼の治療の実績は、紛れもなく本物だと私は心から思っております。

 

医療法人 鳥居医院 院長 鳥居 裕一朗 先生

鳥居先生日本内科学会・内科認定医

私は、医師ですが、西洋医学に限界を感じ、他の治療法を模索し、鍼灸の勉強会に行きました。
その会で、スタッフ、講師として熱心に活躍される、那須先生と出会いました。
勉強会の都度、質問をすると懇切丁寧に教えて下さり、その真摯な態度には感心しました。
縁あって、治療をお願いする機会があったのですが、さすが那須先生です、丁寧な問診と確実な治療で良くなり
大変ありがたい思いをしました。
この結果は、これまで人一倍の努力で磨いた技術・知識が発揮されたためと思います。
私の患者さんで、困っている方がいる際には那須先生にと思うこの頃です。
色々な症状でお困りの方は、ぜひ一度 はり温灸治療院 カラダノミカタ で治療を受けられることをお勧めします。

 

 

かりゆしクリニック 院長 東 理 先生

日本内科学会 総合内科専門医 米国内科学会フェロー

東先生那須先生は、日本董氏針灸学会王醫塾を主催されている王醫仙先生の愛弟子の一人で同塾の講師を務められている。
針灸に関する卓越した技量・知識は言うまでもなく、温厚な人柄に多くの患者さんが厚い信頼を寄せている。

私自身は西洋医学に針灸・漢方を取り入れ診療を行っているが、縁あって王醫仙先生のもとで針灸を学ばせていただいている関係で、那須先生にも個人的に親しく接する機会が多い。
針灸に対する深い見識と人物をよく存じあげているので、那須先生の治療を通して、恩恵を受けられることを祈念するところである。

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